「姫路にひろめ市場を」
と話が私の所に届いたのは実は高知のひろめ市場がオープンして2ヵ月ほどの頃でした。(1999年12月)その夜、私が高知のひろめ市場のインフォメーションに座って案内サービスをしていた時に、2名の男性が私に声をかけた事から始まったのです。
この男性2名は姫路から来ていて「ひろめ市場」に大変興味を持ち、「是非ひろめ市場の話を聞かせて欲しい」との内容でした。私も初めて出会う人と話すのが大好きですので「ひろめ市場誕生と効果」を話した事でした。実は、この男性2名は灘菊酒蔵の社長と岩崎顧問でした。
その後2ヵ月ほどもたたない期間に再び姫路から7〜8名の視察チームが高知ひろめ市場に来たのです。再びひろめ市場の説明して姫路の現状を聞く事になったのです。その話の中で姫路中心部の商店街(みゆき通り)にあるダイエー姫路店が数年先に撤収してしまう事で跡地利用に何かいい考え・方法が無いかを調べる視察チームでした。しかもこの視察チームのメンバーには姫路ダイエーの地権者(岡本氏)も加わっていて現実味を持った視察と私は思い、全面協力する事を約束したのです。その後私が姫路に出向きダイエーの場所・立地条件・商店街通行客層などを確認しに行ったのです。(正直最高の場所とその時は思いました)
その後はダイエーも営業をしている事もあり、ひろめ市場構想だけで話は止まっていたのですが、いよいよ姫路ダイエー店が完全撤退の閉店セールが始まり、ダイエーが無くなる現実が地権者の方々にも焦りとなって『これからどうする?』を決めなければいけない時が来たのです。
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